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山形地方裁判所 昭和43年(タ)7号 判決

原告(反訴被告) 大野節夫

右訴訟代理人弁護士 小林亦治

被告(反訴原告) 大野昭子

右訴訟代理人弁護士 古沢久次郎

主文

一、原告(反訴被告、以下単に原告と略称する)の請求を棄却する。

二、反訴原告(本訴被告、以下単に被告と略称する)の請求により、被告と原告とを離婚する。

三、原告は被告に対し金七〇万円及びこれに対し、昭和四三年九月八日から支払済に至るまで、年五分の割合による金員を支払え。

四、被告のその余の請求を棄却する。

五、訴訟費用は、本訴により生じた分は原告の負担とし、反訴により生じた分はこれを三分し、その二を原告の、その一を被告の負担とする。

六、この判決は、右三に限り仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の求める裁判

一、原告において、

(一)  原告と被告とを離婚する。

(二)  反訴請求を棄却する。

(三)  訴訟費用は、本訴、反訴とも被告の負担とする。

との判決。

二、被告において、

(一)  原告の請求を棄却する。

(二)  原告と被告とを離婚する。

(三)  原告は被告に対し金二〇〇万円及びこれに対し昭和四三年九月八日から支払済に至るまで、年五分の割合による金員を支払え。

(四)  訴訟費用は本訴、反訴とも原告の負担とする。

との判決。

≪以下事実省略≫

理由

一、≪証拠省略≫によると、原告と被告は、昭和三九年一二月二八日婚姻し、その間に昭和四〇年一月二〇日長男一治が出生したこと(本訴、反訴各請求原因事実各1)が認められ、これに反する証拠はない。

二、離婚原因(本訴、反訴各請求原因事実各2)について

≪証拠省略≫を総合すると、原告と被告は共に原告の兄が経営するバーに働くうち親しくなって昭和三六年一二月頃から同居し、内縁関係に入ったが、その後も、被告はバーのホステスを続け、前記長男一治を懐妊するに及んで原告と被告は右一認定の如く婚姻の届出をなし、その出生後被告は右仕事をやめて専ら子の教育に当り、原告はその父が経営する山形市内所在○○○寿し屋で働らき、昭和四一年一一月頃からは原告、被告共被告の母の居宅の一部に居を移したが、この間原告と被告間には格別の風波がなく経過したこと、原告は昭和四二年一二月頃、かつてその中学、高校時代を通じ、ガールフレンドであり、その後訴外青野明と婚姻したが、その間に一女をもうけた上離婚した、訴外志田枝里子と邂逅したことから同女との再交が開始され、直ちに肉体関係がもたれるに至ったこと、原告はその頃から右志田と連れ立って毎日の如く山形市内を飲食して歩き、肉体関係を続け、そのため帰宅は、連夜深更(午前二時、三時)であり、次第に家庭をうとんじ、被告との夫婦関係も疎遠となり、被告に対する言動も少なく、かつ粗暴化するに及んだが原告の斯様な従前に比し変化した生活態度及び言動等から、被告においても、原告に女性関係があるのではないかとの疑念を抱くようになったこと、そのため被告は次第に躁うつ状態になり、口数も少なく日夜煩悶を続けていたが、女性関係に関する現実を耳にすることをおそれての余り、近親者等にその対策を相談する程度にとめ、原告に対する詰問をさしひかえていたこと、しかるに昭和四三年四月三〇日原告の働く、右寿し屋従業員の花見の宴が催された後、酩酊した原告は右寿し屋において原告を迎えに来た被告に会ったが、その際帰宅をすすめた被告に対し「どこに行こうとおれの勝手だ」と申し向けたまま他に外出したため被告は山形市内に住む姉や、原告の兄に原告の平素の生活態度等についての相談をすることと、原告を探す目的から夜の同市内を徘徊したが、いずれもこれを達せず、翌五月一日午前三時頃帰宅したところ原告は同日午前二時頃帰宅して既に就寝していたこと、そこで被告は原告を起床させた上、はじめて右志田との関係につき詰問したところ、原告は同女と昭和四二年一二月頃以来肉体関係を継続している事実を告白し、更に原告から被告とは離別し、一治は原告において引きとりたい趣旨の言辞が表明され原告と被告間で若干の間、所謂別れ話の会話が交されたこと、その際被告は自己が平素最も恐れていた事態を耳にしたことにより甚大な衝撃を受けた結果、極度の興奮状態を醸成し、以後同日午前七時頃まで一睡もせず、悶々枕に伏する間、原告に終始抱いていた愛情と尽していた貞節が原告により裏切られた上原告自身右志田の許に走って被告から去るものと考え、にわかに希望が失せ、世をはかなむところとなり、原告と別離するのであればむしろ死を選ぶことの方が至福であると思念した結果自殺を決意したが、被告の死後長男一治は必然原告と共に右志田の許にあって同女の教育に委ねられるところとなるが、同女には既に先夫との間の一子があるため、同女により一治が虐待を受けることは必至と考え、これを避けるには同人をして自己と死を共にせしめた方が同人にとり幸福であると考えるに至ったこと、そこで被告は同日午前七時過頃自宅近辺で、自殺用に軽便カミソリ二個と一治用のチョコレート及びガムを買い求めた上帰宅し、一治に右チョコレート等を与えた後、睡眠薬(バラミン)三錠を嚥下させ、睡眠させ、自己もまた同睡眠薬一四錠位を飲んだ後、同日午前九時頃自宅において就眠中の右一治の頸部に電気器具コードを巻き、これを締めつけて同人を窒息死させたこと、被告は当時原告の子を懐妊中であったが同年一〇月早産し、同児は死亡し、右志田は同年九月二二日原告の子を出生し、原告がこれを認知したこと、被告は右一治殺害による殺人罪により当裁判所刑事部において同年七月一一日懲役三年、執行猶予四年に処せられたが自己の非を悔いていること、右一治殺害後被告は健康にすぐれず、未だ原告の不貞、自己の非行等による衝撃から立直ることができず、将来における生活の設計もできていないこと等の事実が認められる。

≪証拠判断省略≫

右認定の諸事実に基づき考察すると、先づ原告と訴外志田との肉体関係は、被告との関係上、民法所定の離婚原因に値する不貞行為に該当することが明白である。他方被告の右殺害はその行為自体人倫に悖り、刑責も重く、その結果も重大であるからこれを原因として原告が被告との婚姻継続意思を喪失するに至るのもやむを得ないもので、従って被告の右行為のみみれば被告には一応原告との婚姻を継続し難い重大な事由があるものと言うべきであり、斯様に本件は、原告の不貞行為と、被告の殺人行為とをそれぞれ切離し、各別に考察する限り原告、被告双方に、それぞれ離婚の原因があることとなる。

しかしながら、右認定の如く被告は原告からその不貞の事実の告白を聞くに及んで自己の原告に対しもつ愛情を裏切られたものとして世をはかなみ自殺を図った後の一治の幸福に思いを至した結果、右殺害行為に及んだものであり、その動機、原因は帰するところ、すべて原告の不貞であるところ、不貞と愛児殺害とは一般的に結果のみ考察するとその両者は程度において隔絶の差があるため、愛児殺害をもって不貞に対するは、その手段として、著しくその域をこえるものとの批難を免れないであろう。しかしながら、その目的は被告の純粋な自殺と浅慮であるが一治の将来を慮ったことにある上、具体的には被告にとり右不貞はその愛児を殺害するのやむなきに至らせる程度に、甚大な衝撃等、影響性をもつ重大なものであったものと言っても過言でなく、従って殺害行為が結果的に大であっても、これにより、原因である不貞を消去させるものでなく、反ってむしろ不貞をより先に、より大に批難して然りとするのが妥当である。斯様に右殺害行為をその原因である原告の不貞と相関的(被告の動機、衝撃等を含め)に考察すると、原告と被告双方に各別に存する前記離婚原因はそのうち原告に存するそれがその破綻につき主位的なものであると認めるのが相当であり、斯様に自ら原因を作出した者において、それによる結果のみ止揚し、これを援用して自己の利に帰せしめようとする態度は、著しく信義則に反し、厳に許されるべき筋合のものではないと解すべきであるから、原告との関係において、被告に存する右行為は、婚姻を継続し難い重大な事由(原告主張の、被告に存するとする異状性格は認め得ない)とはなり得ず、反って原告一方に、離婚原因が存するものと言うべきである。

従って原告の離婚請求は失当であり、被告のそれは理由がある。

三、慰藉料請求について

右二認定の如く、離婚原因が原告の不貞行為に存する以上、離婚するのやむなきに至ったことにより被告が精神的打撃を受けたことは推定に難くないから、原告には不法行為に基づく被告の精神的苦痛を慰藉すべき義務のあることが明白である。

しかして、右認定の如き、被告の原告に対し有した愛情と、平素の貞節な態度、被告の家計に賛助した度合、原告の不貞の態様、被告が右不貞により受けた苦衷の程度、殊にそれにより自殺と、愛児を殺害するまでに至らざるを得なかった窮境、殺害後における被告の改悛の度合、右不貞、殺害、それにより刑事被告人とされるに至る等、諸々の事情により受けた苦痛並びにそれに伴い損われた体調により、将来の見とおしもたたず、更には被告本人訊問の結果認められる被告は無資産で現に母の厄介になっている事実等に、右殺害についてはそれ自体から被告が負担すべき亡一治や社会に対する責任(刑事責任を除く)の存在、原告の不貞を容認しなくとも、これを感得していながら直接原告に対し、早期にその非を責め、反省を促す積極的挙に出ず、一途に自殺と一治殺害に及んだ被告の浅慮、軽卒な態度等を併せ総合的に考察すると、被告の苦痛を慰藉するには金七〇万円をもって相当と認める。

よって被告の慰藉料請求は右金七〇万円及びこれに対し記録上明白な、反訴状送達の日の翌日である昭和四三年九月八日から支払済に至るまで、民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において正当である。

四、結論

以上判断したとおりであるから、原告の本訴請求は失当であるからこれを棄却し、被告の反訴請求はそのうち離婚を求める部分と慰藉料金七〇万円及びこれに対し昭和四三年九月八日から支払済に至るまで年五分の割合による金員の支払を求める部分は正当であるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を、それぞれ適用して主文のとおり判決する。

(判事 伊藤俊光)

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